愛と義のまち米沢エッセイコンテスト 金賞受賞作品一覧
第6回 金賞『受験の思い出』 秋山瑞希さん(群馬県)
 受験当日、自転車で高校に向かっていると急にペダルが重くなった。確認すると針でも踏んだのか前輪がぺちゃんこに潰れている。

 よりによって、こんな日にパンクするなんて。

 学校までは、あと1キロ位だし、早めに家を出たので自転車を押して行くことにした。

 他の受験生に次々に抜かれて不安になってくる。

 交差点を渡ろうとした時、児童の安全を見守る交通指導員のおじいさんに声をかけられた。故障した自転車を引きずる私は注意を受けると思い身を硬くしたが、「どうしたん。パンクしたんけえ」と、おじいさんが心配そうに声をかけてくれたので、受験に来たことを話すと「学校までもう少しだから自転車置いて走っていきな」と言われた。

 自転車が心配だったが、おじいさんに言われたとおり道端に止めて、学校まで急ぎ足で向かうことにした。

 受験の最中は自転車のことなど忘れていたが、校門を出ると、自転車を押して帰るのにどれだけ時間がかかるか、誰かに盗まれていないかと心配になり、急いで交差点に向かったのだが、そこにあるはずの自転車がない。

 私はおじいさんの言うことを聞いて道端に置いていったことを後悔し泣きたくなった。

 近くを探そうかと考えているその時、朝のおじいさんが軽トラでやってきた。

 トラックの荷台の上には私の自転車がある。

 鍵がかかっていた私の自転車をわざわざ自宅まで持ち帰り、パンクの修理をしてくれた上に、下校時刻を見計らって、近くの駐車場で私の帰りをずっと待っていてくれたのだった。

 私は何度もお礼を言ったがおじいさんは「暗くなるから、気をつけてけえれよ」と言うだけだった。連絡先も聞かなかった私は、後日、母親と一緒におじいさんが立っている交差点にお礼にいった。高校に合格したことを告げるとおじいさんは褒めてくれた。

 私は今、毎朝、あの日の交差点を渡って学校に通っている。

 おじいさんは児童の安全を見守り、私はおじいさんの元気な姿を確認する毎日だ。